由紀かほる「憂国記」

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安いのには理由がある―と云ふのは事実だ。安モノ買いの銭失い―と云ふのも尤もだ。そして、例外があるのも事実だ

 皇紀弐阡八百六拾参年弐月壱拾八日

 七時起床。ヨガ。

 酵素米朝食。

 昨日の着物の噺の続き―解れた箇所を縫いながら、彼是と考えてみた。未だビギナー二ヶ月弱の感想であるけれど―

 以前も書いた通り、ネットを中心とした着物市場はナカナカ隆盛らしい―其の理由も以前、書いた―要は需要と供給の噺である―供給はダブついているから、価格は下る―余談だが、知合いが軽トラック二台分の着物を和服のリサイクル・ショップに引取りにきて貰った―其の買取価格が三千円也―売られる値段が、元値の壱拾分の壱以下になるのも宜なるかな

 扨、男の着物である―選び方は壱にサイズ、続いて素材、色味だろう―そんな中、所謂現代サイズと云われるものは、出回っている内の壱割に満たない。其の件も以前に書いた―当然、今の平均身長から割出した着丈、裄丈の物にはアクセスが集中する―と云っても、尚、元値より一桁安い―逆に云うなら、もし身長が壱百六拾五糎以下の男子であれば、其の選択肢はほとんど無尽蔵と云ってよい―

 が、昨日の裁縫で感じたのは、もう一つ、其の仕立ての良し悪しも、選択基準に入れなければならない―と云ふことであった―

 此方はトーシローである。ビギナーである。与えられた画像だけで、其処までは判らない。いや、玄人でも実物を手に取らずに、画像だけでは難しいのではないか―

 結局、其れは其の店の信用度と云ふことに尽きるのだろう―此れもギターショップを譬えて、以前書いた通りである。

 安いのには理由がある―と云ふのは事実だ。安モノ買いの銭失い―と云ふのも尤もだ。そして、例外があるのも事実だ。

 オークション等で安く買うのも、半ば博打と割切れば、其れは其れで一つの面白味はあろう―実際に、思わぬ拾い物をすることだってあり得よう―

 逆に云ふならば、同じ素材で、ほぼ新品で、壱拾万プラスマイナス五万ほどで、定額で売られているのにも、矢張り理由があるのである―

 そんなごく当たり前のことを、昨年来、暇さえあれば眺めてきた着物のネットショッピングで、再確認したのであった―

 本日気温5℃。3月下旬頃の陽気だとか。買物へ遠くのスーパーまで脚を伸ばす。トンビコートで少しも寒くはない。脚もとグチャグチャがさらに増す。慣れたようで、矢張り往復すると、ナカナカに疲れる。戻ってきたら、かなり汗を掻いていた。普通のスニーカー、若しくは草履が履けるのは、未だ一月以上は先になるだろう―

 別名義の新作。書出してから、躓きながらも、次第に物語の全体像の構想が定まってくる。

 小説はペン先から生まれる―

 石川淳の言葉を改めて思い出す―

 本日も執筆出来たことに感謝。

 惟神霊幸倍坐世

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